俺はつい最近まで夢という代物を知らなかった。
いや、正確には夢を見たとしても覚えていなかったのだ。


人間にはレム睡眠とノンレム睡眠というのがあって、
約90分周期でそれを繰り返している。
夢をひとつのストーリーとして、それを一定の時間で解決できれば、
人はその夢を覚えていない。
代わりにその夢が未解決だと、心残りとなって覚えているのだという。


なんだ? ……つーことは、俺は夢に心残りがないって事か……
そりゃそれで、めでてぇことじゃねぇか。
第一、夢なんぞ見ても、何の足しにもなりゃしねぇ。


ある日コムイにその話をしたら、思い切り笑われた。
神田くんらしーやとか何とか言って、ゲラゲラ笑いやがった。
くそっ。
あのメガネ野郎。
俺は笑うのも笑われるのも大嫌ぇなんだよ。


そんな俺が、夢をみた。
それもあろう事か、あのモヤシの夢を…だ。
何だってンダ?一体?


夢の中でアイツは偉いべっぴんの天使で、
髪なんかつやつやしてて、羽も肌も真っ白な雪みたいだった。
にこりと笑うたびに、周りの空気がふんわりと柔らかくなる。
なんでか、俺はその笑顔にいつも見惚れちまうんだ。


そういえば、顔には傷ひとつついてなかったっけ?
……てことは、ありゃモヤシじゃねぇのかな?
いや、でも声とか話し方とか……確かにアイツだったよな?


で、その天使をだ、この俺は自分の腕の中に抱きしめて
身体のあちこちにキスをしてんだ。
まるで愛しい恋人にでもするようにな。
この俺が……だぞ?


けど、その肌が凄く気持ちいいんだ。
そりゃもう、そこいらの女なんて目じゃねぇぐれぇにスベスベしてて。
手に張り付く感触が何ともいえなくて……
鳴き声も偉く可愛いかったんだよな。
だからついつい、もっとその声が聞きたいとか思っちまった。
あれは、夢の中だったからか?
どうかしてるぜ……俺サマともあろうものが。



「まぁ、俺も18歳の健全な男だしな。
 俗に言う気の迷いっていうことも有り得る……
 それに相手は……男だぞ……」



他人には愛想を振りまかないし、その必要もないと思っている俺の神経を
アイツは尽く逆撫でする。
だからいつも必要以上に憎まれ口をきき、
無愛想にしてしまう自分が、情けないとも思う。
そんな気がかりが見せた夢なのだろうか。


だが夢とは言え、モヤシに欲情しちまうなんて、
やっぱりどうかしてるとしか考えられない。











そんなこんなでモヤシのことを気にしている時に限って、
視界にアイツの姿が入り込んでくる。


俺は普段あまり入らない談話室に、アイツの白い頭がチラリと見えたから
ついふらりとそこへ入ちまった。
そこでモヤシは、えらく気持ち良さそうに居眠りをしていた。


頬を緩ませ、凄く幸せそうな顔をしながら寝こけている。
だらしねぇ奴。
自分の部屋でもないのにこんなに熟睡できるなんて
エクソシストとしての自覚あんのか?まったく……


だが、こんな顔を誰にでも見せているのかと思うと、
それも何となく面白くない。


だから、つい起こしてやろうと思って近寄った。
するとモヤシは小さく身じろぎして、小声で何かを呟いた。
何ていってんだ?こいつ?



「……ねぇ……もっかい……キス……して……」



はぁ?
今、コイツ、キスって言ったか?



「……なっ……!」



思いがけない寝言に思い切り動揺して、起こすタイミングを逃してしまった。


だが目の前の本人は、俺の動揺なんて何処吹くかぜといった具合で、
あざやかな笑顔をこっちに向けて嬉しそうにしてやがる。
一体誰の夢を見てるんだ?
モヤシが夢の中でキスをねだる相手に、
なんとなく胸がざわつく。



「……おいっ……!」
「…ん……ユ…ゥ……」



はぁ?
こいつ、今俺の名前を呼んだか?
それも、ユウって?
それって、まさか……俺のこと?!



「お前……何か悪いモンでも喰ったのか?」



照れ隠しに思わず口をついて出た憎まれ口に
我ながら情けなくなる。
落ち着け、俺。


俺の声掛けに驚いて起きたモヤシは、
間の抜けた声を出して目を開けた。



「……へっ……?!」



目の前に佇む俺を見て、目を白黒させている。
その後、モヤシは驚いた様子で、
真っ赤な顔をして俺の前から走って逃げていった。


おいっ、何でそこで赤くなる?
まったく、赤くなりたいのはこっちの方だぜ。



「ったく……へんな奴……」



俺は今までアイツが座っていた場所にどかりと腰をかけ
おもむろに脚を組んで、身体を仰け反らせた。
瞬間、モヤシの残り香がさり気なく鼻をくすぐる。
その途端、まるで頭に血が上ったガキのように、
胸の奥がカッとむせかえるのがわかった。



「……はぁ……ったく、どうしたってんだ……俺は」



すると、俺の顔を背後から覗き込むように
ラビの奴がニヤケタ顔をつきだした。



「よぉ?ユウ、どうしたんさ?
 アレンが凄い勢いで走ってったさぁ……
 また何か意地の悪い事でも言って虐めたん?」
「お前なぁ、まるで俺が根っからの根性悪みたいに言うんじゃねぇ」
「え? 違ったさぁ?」
「……お前なぁ……!」



するとラビは何かを察したのか、
まるで面白い玩具を見つけた子供のように
嬉しそうな顔をして俺の向かいに腰掛けた。



「そいえば、今コムイが面白いこと言ってたよん?」
「……はぁ……?
 どうせまたロクでもねぇことだろ」
「それがそうでもないんさぁ。
 最近アレンの顔色がいいって思ってたら、どうも夢見がいいらしいんさ。
 なんでも天使に抱擁される縁起のいい夢を見るらしいんよ?
 あぁ〜俺も美人の女神に抱かれてみたいさぁ〜!」
「……馬鹿か?お前……」
「そういうユウは、あぁ……確か夢みないんだっけぇ?」
「……チッ……うるせぇ!」
「キャー、ユウ怖いさぁ〜!」



……天使……?
何だって、アイツが俺と同じ夢を見てんだ?
心の中で何かがざわつく。
もしかしたら、俺の訳のわからない夢は、
あのモヤシと何らかの関係があるのかもしれない。


仕方ねぇ……今度ちゃんと話でもしてみるか。


俺はじゃれつくラビを手で払いのけながら、
そんなことを漫然と考えていた。


俺とラビがじゃれじゃれあう姿を、複雑そうに物陰から見つめている
アレンの存在など知りもしないで。












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≪あとがき≫

さぁて、Act2は神田くんの回想シーンです。
たまには動揺し捲くりの彼も見てみたいですよねぇvv
ウフフ……神田視線でストーリーを書くのって
なんかわくわくしちゃいます♪
やっぱ、神田っていいわぁ〜〜(〃⌒ー⌒〃)ゞ
さて、これからふたりが絡んできます♪
この後もサクサクと更新していく予定です★★
お楽しみにしていてくださいね〜〜d(⌒o⌒)b






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〜天使たちの紡ぐ夢〜   Act.2